『いつものように』と心がけ、ゆっくりと高座へ向かう。
オレンジ色のバックに『昔昔亭A太郎』の文字が浮かぶ。
それを確認し座布団の上に立つ。
客席を見渡し『なるほど、いつも独演会などに来て頂けるお客さんは本当にチケット取れなかったんだ』と思いながら、メガネを掛け座りメガネを外す。
飽きてもルーティーン。
兄貴が手を振っている。
そして手を下ろした後に緊張している。
やる前よりやった後の方が緊張する、ということはよくあることだ。
さあここまで来ればいつも通り。
一席目に新作『表と裏』
ザワッとくる感覚を楽しむ。
高座の上での生着替え。
『着物を投げて』とお願いしていた弟弟子の喜太郎が、2倍の早さを見せる。
突き指する。
お囃子の千秋姉さんが三味線で助けてくれたが、袴まで履く余裕はなし。
二席目は古典『紺屋高尾』
客席の照明が少し暗くなった気がした。
気のせいか。
おじさんのイビキが聞こえる。
『落語心中』のあのシーンを思い出す。
笑わば笑え。
夢中だが冷静にオチへ。
頭を下げ、つい『ありがとうございました』と口に出す。
独演会で最後のネタをやり終えたような清々しさ。
メガネを掛ける。
飽きずにルーティーン。
あこさんが高座に上がるのを見届け、高座裏へ。
蓮二さんが手を出して待っている。
照れるが握手。
前座さんたちもなぜか握手を求めてくる。
それを雑に断り、暗い階段を登る。
息を吐き『終わったんだ』とつぶやく。